「田辺聖子を見て感じた」
私はテレビは見ないし、新聞も自宅では購読契約をしていない。けれど、新聞社系の雑誌は読む。女性なのに何故か、ビジネス雑誌が好きで、サラリーマンでも管理職が読むような堅い雑誌が好きだ。最近はオジ様方も世の中の流行り廃りにちょっとは気づこう!というので、テレビ番組の話題などに関係した記事も掲載されている。
ここ最近、田辺聖子の記事が目に付く。俄かに多い。何故だろう?テレビを見ている人ならピンと来るはず。私は来ない。どうやら・・・NHKの朝ドラ「芋たこなんきん」の影響らしい。
田辺聖子の自然な大阪弁の言い回しは、小説にもリアルに表現されている。
私は大阪に生まれ、23年間住んでいた。思えば、育った期間と同様の月日を郷里から離れ暮らしている。それも関東に23年間暮らしている。日常語は標準語で、それもきれいな標準語を話す。誰も郷が大阪とは想像し得ないほど、濁りのない標準語を使う。・・・そう、大阪弁を忘れてしまったほどの遠く離れた大阪であった。
人生のターニングポイントと思しき時期に在り、ひどく故郷を懐かしく思った頃があった。意外にも自分の故郷は生まれ育った「大阪」ではなく、父方の郷里の「香川県」に望郷の念を抱く不思議な私であった。神様というものが在るのだと信じると、時にいたずらをするのだと思う。偶然にも「香川県」出身という人が目の前に現れ、親しげに近づいてくる。
人間は故郷が同じだとか、出身が一緒だと言うと、妙に馴れ馴れしく、容易く垣根を越え、急速に親しくなる。心を簡単に許して、手放しでと故郷の話をするが、私の本当の故郷ではないので、適当にイメージだけで心地よくなってしまう。それは土地への愛着ではなく、幼い頃に父に連れられて、出向いた高松の風景が懐かしく、父に握られた手の温もりが懐かしかっただけなのだと思った。
その人の言葉も、訛りがあり、「あ〜〜〜そう言えば、こんな言い回しを叔父はしていたなぁ〜」と幼い頃の記憶を手繰り始める。かなり、イメージ先行である。
40年も前の記憶である。当てにはならないと・・・・のちのち 気づくのである。
[ヨッコ]
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