前回のエッセイ
「エスペラントな世界観」
田辺聖子の話に戻るが、私は著名な人の結婚に至る経緯に感銘を受けることが多々ある。平凡な環境にないその人たちの稀な出会いに共鳴をするのである。平凡な結婚を23歳でしていながらである。
結婚はしたものの。私には独特の世界があり、その価値観(言語)は世界共通と思っていたのは浅はかで、ちっとも通じませんでした。通じる人はこの地球にはいない。宇宙と交信する以外にないんじゃないか?と周りに揶揄されて、久しく。私は母国語を使わずに、共通語を使うようになったのです。
世界観の共通語です。いわゆる「無難な線」という世渡りや付き合いをするように心掛けたのです。それが仕事と割り切れば、何だって出来るのが社会ですから、ニコニコしながらも「このくそボケ」と心で呟くことも有り。ですから・・・。
妙にキチっとした性格で、緩みのない防御をしていたものですから、疲れていたのは疲れていたのでしょうね。適当にすることが苦手だったので、いい加減という加減が分からないので、完璧に近い仕上げをいつもいつも自分に課していました。いや・・疲れます。正直、疲れます。
大阪弁はそんな私に緩みを与えてくれる言語でした。普段は非常にきれいな標準語を使っている私が唯一、寛げる手段が思い切った大阪弁を発することでした。(大阪の人ゴメンナサイ)
でも、大阪の地を久しく離れ、大阪弁も上手に喋ることを忘れてしまったカナリアの私でした。
[ヨッコ]
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